四神の御手にて作られし魂が、その御座に還ることを心より願う
――――アスレイド・シェルジュ・アルヴァリオ

第六話

 

 シーツに横たわる身体の、そそり立つ部分にゆっくりと身体が落ちてくる。腹筋に添えられた両掌は、力を抜いて体重を掛けないようにしているつもりか、ふるふると戦慄いていた。大きく開いた脚の付け根の、熟れた粘膜が赤黒い亀頭を飲み込んだ瞬間、アスレイドの背が跳ねた。
「はぁ──ぁ……っ」
 白い背中が波打つように揺れる。金色の髪がカーブを描いて天を向いた。一糸まとわない身体は、己を貫く熱の塊をゆっくり、ゆっくりとその身の中に埋め込んでいく。その締め付けは甘く、熱にうなされたようにノインの視界が霞んだ。
 身体の両脇にある太腿を促すように静かに撫でると、陰茎の容が完全にアスレイドの中に隠れてしまう。すべてを飲み込んだ恍惚で、もう一度男の体躯が大きく震えた。
 程よく筋肉の付いた、ノインより完成された身体はどこかで見た白い彫刻のように美しかった。まるで、そう造られたかのように。その美を、欲望が串刺している倒錯に、一気に下腹部が熱くなる。
「……入ってる、ちゃんと……」
 アスレイドの声が、震えながら落ちてくる。ほうと呆けたように開けっ放しの唇の端からつうと唾液の線が一筋走り、顎を濡らした。
 ノインの腰が一度、軽く浮かされる。深く刺さったままの振動で、仰け反ったアスレイドの喉が宙を仰いだ。
「ぁ゛……──」
 最初は静かに、絞り出すように。調子を付けて下から突き上げると、すぐに声が崩れていく。
 腹の上でアスレイドの腰が跳ねる。金の髪が舞うように乱れて、汗ばんだ額に張り付く。太腿で遊んでいたノインの掌は男の腰をがっつり掴み、律動に合わせて上下に揺さぶった。
「ぃ、あ゛っ、んっ、んん……っ」
「はぁ、すっげ……いい……」
 包み込むような締め付けが陰茎全体を往復して、ノインは今にも出してしまいそうな快感を奥歯を噛んで耐える。耐えきれなくなったのか背中を曲げて喘ぐその姿は、限りなく淫らで、やっぱり艶やかだと思った。それを今、自分の肉棒で壊している。完全な美を砕くほの昏い罪の香りに、頭の奥がちりちりと焼き付いていく。
 ぱちゅぱちゅと、潤滑油が肉のぶつかる音に合わせて部屋の中で響く。ああ、早く。早く。この美しい彫像を自分の手で壊したい。そして。
「……中に、出すからな」
「うん、っ、ほし、ほし、ぃ、ぁ゛っ、あぁ、んッ!」
 強い快感からか、アスレイドの瞳が潤み、縁から一条の雫が頬を濡らしていく。肌の上を滑っていった涙に、ノインは一気に煽られる。ひと際深く沈ませた瞬間、アスレイドの腹がぴくぴくと痙攣した。握るように収縮した後孔の圧に耐えきれず、ノインは短く息を切らすと膨らんだ先端から身体の奥めがけて白濁を吐き出した。
 どくん、と熱が溢れ、祈りに似た体液が奥へ流し込まれる。それは、脈動に合わせて内側を塗りつぶすように、一度、二度、三度と、限界まで放たれていった。
「あ、あっ、ノイン……ノインく……っ……」
 その声も、すぐに涙混じりに溶けていく。アスレイドの茎もまた、先端の小さな孔をひくひくと震わせながら、白交じりの透明な液体をはしたなく垂らしていた。
 射精の波が終わったところで、ノインはアスレイドの腰を上げる。栓が抜けたところから、白濁が太腿を伝い出てくる。揺れていた男の身体が横に倒れて、大きく肩で息をしていた。
 その様子を見て、ノインは無意識につぶやく。
「……綺麗だな……」
 塗れたことで完成した。
 出したことで意味を持った。
 彫像は、俺のものになった。
 アスレイドは何も言わない。ただ、静かに、そのままの姿で目を閉じた。
 その顔は、どこか満たされているようで、どこか、もう声を手放した者のようにも見えた。

 テーブルに出されたカップを軽く煽ると、ノインはアスレイドの放った言葉を繰り返す。
「南に行く?」
 うん、と答えた男は自分のカップを手に取ると、ノインの対面に腰かける。見慣れた真っ黒の詰襟に身を包んだその姿は、先ほどまでノインの上で祈りを求め乱れていた者と同じようには到底思えない。
 擦れた喉を潤すように水を飲み込むと、言葉を続けた。
「久しぶりにね。ノイン君は、南は行ったことない?」
「ああ」
 それはよかった、とアスレイドはにこり笑う。その顔の眩しさとは対照的に、ノインの心中はとても穏やかではなかった。
 南、愛の神エルミナに護られた土地のことは、ノインが今よりも幼かったころ年上の男たちから何度も聞かされてきた。海に面したその地には、ネルガルド中の物が揃うと。布も、食も、宝石も、そして娯楽も。昼間は売買のために上がっていた声は、夜になると嬌声へと変わるのだと。そこには、確かな愛があるのだという。南の地の民は愛を最も尊ぶ。それがたとえ一夜限りの契りであっても。
 興奮しきった男たちの会話を聞きながら、幾度身体を熱くしたか。そして、同じくらい怖さを感じていた。南の民は、愛があれば、それでいいと身体を絡める。そんな空気は、自分の肌に合わないと幼心にも思った。
「……あ?」
 今更ながらアスレイドの言葉を脳が理解する。久しぶり、という事は、目前の男は南の地に行ったことがあるということか。何のために? まさか、仮初の愛を交わすためにか。いや、アスレイドに限ってそんなことはないだろう。何故なら、この男は今や毎日毎日ノインによって暴かれ、自らを壊してくれる快感を得たいと迫ってくるのだ。とても異性の股を開かせるような所作ができない、祈りなくしては満たされないように見えたからだ。
 なんでだよ。俺には、あんたしかいねぇのに。
思った瞬間、自分の中に芽生えた感情に驚く。胸の奥がちり、と熱を持つ。
 動きの止まったノインを見つめるアスレイドの瞳は、いつも通り穏やかに細められていて。だからこそノインは、何をしに行ってたんだと聞けなくなってしまう。
「……じゃあ、俺も行く」
「行かないっていう選択肢があったのかい」
「うるせえ」
 底が見えていたカップをもう一度傾けると、ノインはぶっきらぼうにごちそうさんと言って立ち上がった。

 高台から青い水平線が見える。海に面した陸地には、煉瓦造りの建物が身を寄せ合うようにして軒を連ねている。白い鳥が、二人の頭上で地の果て目指して風を切っていった。
 町へ降りてみれば どこか甘たるい潮の香りがぐっと強くなる。大通りの道は、両側とも階層のある家と店とでぎゅうぎゅうにせまっ苦しい。空を見上げれば、幾重にも張られた窓と窓を繋ぐロープに、色とりどりの旗が波風にはためいていた。
 あちこちからかかる、軒先に並べた品物を喧伝する声は少しばかりやかましくも思う。それでも、東や中枢では見たことのない野菜や果物、用途の分からない特産物までが並ぶさまは、確かに世界中の品物がここに集められたかのように見えた。
 そして、町を彩るのは物珍しい品々や声だけでなく、先ほどから痛いほどに注がれる視線も含まれている。路地裏の影から、屋外のベンチから。ねっとりと品定めをするようなそれは、愛の民の女たちによるものだった。ある者はうなじを見せるように髪を束ね上げ、ある者は太陽の色の口紅を引いて。またある者は身体の曲線を見せつけるように、大きくはだけた衣をまとっている。彼女らは、いつでも愛を探しているのだ。それが、たとえ、一夜限りの契りであっても。
 居心地の悪さを感じながら、ノインはアスレイドの後ろについていく。ある店の前を通り過ぎようとした時、一人の女性がアス様、と甘たるい声を漏らしながら店の中から小走りで駆け寄ってきた。髪に差した珊瑚色の装飾品が、ゆらゆらと揺れている。
「来ていたのですね。またお会いできて、嬉しいわ」
「ふふ、僕もだよ。君の瞳を、忘れたくなかったからね」
 女を見つめるアスレイドの瞳が、慈しみをもって細くなる。明らかに情が滲んでいる声とは対照的に、穏やかな物言いはひどく柔らかい。まるでよそ行きの声じゃねえかとノインは二人の様子を眺めているけれど女の視線がこちらに注がれることはない。苔色のケープの端が、エルミナの吐息に乗って音もなく揺れる。
「……ねえ、アスレイド様。もう一度、……あの夜の続きを一緒に見ませんこと?」
 くちびるが、濡れる。太陽に照らされた器官が、アスレイドを飲み込もうと妖しく艶めいた。耳障りな甘言だというのに、アスレイドはモノクルの奥にある瞳をうっとりと細め、身を差し出そうと懸命な女に微笑んだ。
「……あの夜のことは、僕にも――天啓だったよ。特に、君の声。思い出すだけで、胸の奥が……今にも昂ぶってしまいそうだ」
「まあ、嬉しい……じゃあ、今夜も――」
 女の掌が、触れるタイミングを見計らうように、たわわに膨らんだ乳房の前に添えられる。
「でも、だからこそ、繰り返せないんだよ。天啓は一度きりだから、意味がある。君も、そうだろう?」
 やはり、その声は土のように静かに、それでもどこか温かい。だからこそ、行き場を失った細い指は砕かれたように固まると、静かに下ろされる。澱むことなく清流のように紡がれたアスレイドの言葉は、きっと、誰にでもそう言うのだろう。教典に書かれた言葉のようにも聞こえた。
 女の瞳が、揺らぐ。それでも何かを懐かしむように口角を上げた。
「……罪な人ね」
 女の言葉にうっとりと微笑むその顔が、昨夜、己の上で啼き崩れたものと同じとは思えなかった。草花の成長を見守るように翠の瞳が慈しむ。その視線は、どこに注がれているのだろう。
 だからこそ居心地が悪い。あんな顔、俺には見せないくせに。ノインはそう思ったけれど、次の瞬間には見せてほしいとも思ってねぇだろ俺、と思い直し、薄く鼻で笑う。
 誰にも平等に与えられる顔形であるのなら、そんなものは必要ないのだ。自分が欲しいのは、張り付いた表情の内側の、もっと深いところだ。祈るように眉間に皺を寄せながらもがく、あの顔だ。あの顔を崩せるのは、壊せるのは。ああ、やっぱり俺にしか壊せねえ。
 そして、壊されることがあんたにとっての祈りなら、その役は俺だけでいい。
 肌を擽る風は、乾いている筈なのに肌をじっとりと湿らせていく。縋るようなノインの願いは誰に拾われることもなくじくじくと足元から浸食する。
 再び歩き出したアスレイドの背中を影のように追っていくと、宿所へ辿り着く。顔なじみなのだろうアスレイドは宿主に親しみをもって少しの会話を交わし、二人分の宿泊費を支払った。とにかくついていった部屋の前で、ここのようだよと扉が開かれると、二つ並んだベッドとカーテンの開いた窓の向こうからは、一面に広がる海が見えた。日が傾きかけ、空は赤橙と黒のコントラストに染められている。
 アスレイドは椅子の背に白いコートをかけると、室内を見回していたノインに声をかける。先ほど呼び止められた店の名を、誰にも聞こえないように呟いた後で。
「さて、僕は出かけるけれど。ノイン君も行って来るといい」
「行くって、どこに」
 訝しむ声に、アスレイドは悪びれず、穏やかな表情を崩さずに言った。
「愛の地に来たんだから、君も楽しんでくるといい。南の人たちは愛を惜しまないから」
「は?」
ノインは思わず聞き返した。言葉の意味は理解できた。けれど、その意図が捉えられない。
「ノイン君、気に入ると思うよ。ここの女たち、声が綺麗だ。君が選ぶ声、僕も聞いてみたい」
「…………」
 喉奥で何かが燻った。怒り、とも違う。喉に棘のように刺さって、呼吸が浅くなる。
 何を言ってやがる。こいつは、誰にでもそんなことを言うのか。誰にでも、俺に言ったのと同じ祈りを配ってるのか。
 この町がもう一つの顔を見せるまで、あともう少し。
 ノインはケープの下にある掌をぐっと握りしめる。
「……じゃあ、行ってきてやるよ」
 努めて無表情を崩さぬまま、乾いた声で。心を切り離すように言い放つ。
 扉を開けたとき、背後でいってらっしゃいという柔らかい声が響いた。
 あまりにいつも通りで、殴り返したくなった。

 日が落ちた通りには香の煙が漂い、路地裏は甘い酒と笑い声で満ち満ちていた。濃厚な色彩が、肌にまで染み込んでくるようだ。
 軒先には僅かな人数しか座れない椅子とテーブルがそこかしこに置かれていた。腰かけるのは、男、女、男、女。中には同性同士で触れるか触れないかの距離感を楽しんでいる者もいる。理性を溶かす蕩けた酒が次々にあおられ、身体が温まった者達から肩を寄せながら建物の中に消えていく。あちこちで刹那的に育まれる愛に、ノインは一人、運ばれてきた酒をゆっくりあおりながら辟易していた。
 アスレイドは、何を考えているというのか。その掴ませない輪郭が腹立たしい。神性を表すコートは宿に置き去りに、今頃その祈りは柔らかな裸体に沈んでいるというのか。訳も分からず胸の辺りが焼けてくるから、溜まった感情を酒で流し込む。声が奇麗だなんて、あちこちから聞こえる声はべっとりした液で鼓膜を塗りたくられるような不快感しか感じられない。
 そんな喧噪の中、席の後ろから聞こえてきた女たちの会話に引き寄せられる。
「……あの人でしょ? ほら、アス様。前に私の姉が相手したって言ってた」
「えっ、来てるの? 嘘でしょ?」
「ほんとほんと。すごく綺麗な人だったって。入れる前から、指だけで三度も――」
「やだ、すごい。飛んじゃいそう」
「指だけじゃなくって、口も、腰もよ。今までしてきた中で一番だったって」
 言葉が、そこで途切れる。
 ノインは振り向くことができなかった。けれど背中が熱くなって、胃の底が、ぎゅっと収縮する。
 それ以上は聞きたくなかったはずなのに、耳は勝手に続きを待っていた。
「……それで、最後は自分がいったのに、ありがとうって言われたって。姉さん、泣いちゃってさ」
 花開くように上がった黄色い声を聞きながら、ノインの拳は、無意識に固く握られていた。
 自分の上では、アスレイドはそんなこと一度も言ったことがない。
 壊されながら、祈りながら、最後まで何も言わない。
 ……なんでだよ。なんで、俺には。
 もう、分からない。アスレイドの目的が。在り方が。
 ああ言われたけれど宿に戻ろうかとしたところで、ねえ、と鈴の転がるような声色が鼓膜を叩いた。
 声の主の方を見ると、褐色の肌をした快活そうな女と、その後ろで遠慮がちに身を引く白い肌の女が二人、ほんのりと肌を上気させながら立っていた。

「……俺、初めてなんだけど、いいのか?」
「ほんと? 嬉しいなあ。あなた、とっても素敵だったから。声かけるの少し勇気いったんだよ」
 褐色の女は、花を模したネックレスの留め具を外すと、丸いテーブルの上にそっと置く。ノインはシャツを脱ぐとベッドの端に腰かけ、女たちの所作を眺めていた。黒真珠の真っ直ぐな髪をした女は、もう一人の女の髪を解く。後頭部で止められた亜麻色の髪が、天幕のように大きく開いた背の上に広がった。
「じゃあ──優しくするから、ちゃんと感じてね」
 快活そうな女は、蜂蜜と同じ色の瞳を細めながらノインの首筋に軽く口付ける。その視線の中に、媚も欲もあるのに、なぜか、やさしさのようなものが混じっていて、ノインは一瞬だけ息を呑んだ。
「っ──」
 磨かれた爪の先で、ノインの胸の先を軽く弾かれる。同時に、ズボンの感触越しに黒髪が揺れた。雪のような色をした肌は、大きく開いた脚の間に跪くと恭しく臍の辺りに舌を這わせ、太腿をなぞる。ぞわぞわとした感覚が、肌を粟立たせる。
 上から下から熱をもった躯体が、ノインを求めて揺らぐ。褐色の女は纏っていたドレスから肩を抜くと、柔らかな乳房を男の腕に押し付けてきた。既に僅かに硬くなった乳頭が、肌を掠める。
「ねえ、あなた。どこが弱いの?」
「試してみるか?」
 冗談交じりに返すと、二人の女がくすくすと笑った。
 細い腕が背中に回され、密着した肌の感触を味わうように掌が躍る。引き寄せられるように、褐色の肌に舌を這わせながら頭の形を確かめるように、指先が足元の黒い波へ潜る。絡み合う熱に、ノインの陰茎がぐうと頭をもたげる。乳首に舌を絡めると、子犬のように甘えた声が上がった。
「……すごい、あったかい……もう、こんなに……」
 ズボンから解放された肉茎を前にため息交じりに上がった感嘆は、祈りに似た色をしていた。わずかに上がった眉を気付かれないように、ノインは褐色の肌の上で掌を滑らせると、淡い陰毛の下で熟れている秘所を指先で撫でた。
「んあっ……んっ、あ、あっ……!」
 湿り気を帯びた足の付け根の真ん中にあるとっかかりを何度も弾く。指先が湿り気を帯びてきたころ。
「く……っ」
 陰茎の先端を温かい粘膜で含まれた。ねっとりと這う筋肉が、ノインの先端の形をなぞるように舐め回す。それだけで飽き足らず、白い掌は両の乳をたっぷりと寄せ集めるとノインの熱楔を真ん中で挟んで圧した。口を離し、舌先でちろちろと孔を責められると、唾液と先走りが乳房を濡らしていく。すぐにでも達したくなる耐え性のない下腹部をなんとか叱咤すると、指先をぬかるんだ蜜壺の中に沈ませた。くちゅ、と水が剥がれる音を立てながらノインの筋立った指の、節のあたりまでじわじわと締め付けてくる。
「ん……ぁ……く、っ」
「ここ、だな……」
 ノインは、そこに微かな引っ掛かりを感じた。ざらついた内側の部分に向けてくいと指を曲げると、どうやら正解らしい。ぐっと押し付けると、女の身体がぴくんと反応した。
「あぁあっ、や、っそこ……んっ」
 しとどに溢れる愛液が、指だけでなく掌、手首を濡らしていく。何度もなぞりながらもう一本指を沈ませると聞いたことのないか細い、それでも熱を孕んだ声が室内に響いた。肉が収縮し、蜜が溢れて、ノインの指を濡らしていく。
「……指、すげえ締められてる。食い千切られそう」
 褐色の肌の彼女が、自分でもいいところに当たるように細かく腰を揺らす。堪らないと言った様子で両手がノインの頭の後ろに回り、黒と白の混ざった髪を抱えるように抱き締めた。
「んぅ……んっ、んくっ……っ、ぐ、じゅっ、……ふぅ」
 股の間で跪いた女は、頭上で喘ぐ女と対照的に、静かに、しかし確実にノインを昂らせていく。根元を柔らかい掌で包み、促すように上下に往復させられて、当然のことながらその柔らかさに少しだけ驚いた。喉の奥で締めるのではなく、慈しむように、しかしねっとりとなぶる舌の動きは、今まで経験したことのない快感だった。黒く長い髪を梳くように指を滑らせると、音もなく波がたゆとうた。
「は、ぁ……すげ、あんたらの声、興奮する」
 高い声と濁った声と。重い水音と跳ねる水音と。今まで聞いたことのない音で溢れる空間の中、ノインはじくじくと腰の疼くのを感じながら、飲み込まれた指を女の声に合わせて遊ばせた。親指の腹で、ぷっくりと赤く腫れた陰核を優しく押し潰す。
「あっ、あ、ぁ、っ、や、ぁあ、だめ、や、ゆび、やぁあっ」
「指だけで終わりたいのか? 俺はそれでもいいけど」
「やだ、やぁ、やだやだ、なか、なかほしい、ぐちゅぐちゅしてほ、っしい、っ」
 ノインはふ、と軽く微笑むと、ぬかるみで遊んでいた指を勢いよく引き抜いた。その感覚にも感じ入ったようにびくびくと背を震わせた褐色は、バネのきいたベッドに崩れ落ちる。うつ伏せになった背中を軽く撫でると、どろどろに溶けた裂け目を見せつけるようぐうと高く上げられた。と同時に、濡れた陰茎が生暖かい空気に晒される。くちびるを離した女は、着ていた白麻のドレスをはらりと落とした。その様子を横目に、べとべとに汚れた陰茎を二、三度擦りながら、ベッドの端に膝立ちになるよう空いている手で促す。片方の視線は、楔の切っ先が陰唇に口づけるところを、もう片方の視線は、露わになった白い肌に生えた薄い陰毛が部屋の明かりできらめいているのを見つめていた。
「ほら、入れんぞ……っ」
「あ、っ、んんっ……っ、あ、ぁ、や……っああ……あああっ……!」
 襞を掻き割って、大きく膨らんだ陰茎が女の体内に埋もれていく。茎全体を甘く切なく締め付けられる感覚は、これもまた味わったことがないものだった。脳天を突くような強い刺激に奥歯を噛みながら、隣で浅く息を吐く黒真珠に視線を投げる。
「あんたは、そう……こっち。この上、跨いで」
 腰だけを高く上げた褐色の女の背は、ベッドに沈んでいる。その上を跨がらせると、ノインの目前によりはっきりと桃色に熟れた足の付け根を見ることができた。白い肌によく映える、熟した果実に誘われるように舌を伸ばす。
「は、ぁうう! ぅ、んんんっ! ん、んぁ、んッ!」
 黒い髪が、はらはらと大きくたゆたんだ。バランスを崩しかけた細い腕がノインの肩に添えられても、押し戻す素振りは見えない。
 初めて味わう異性の味は、喉に引っかかるようなとろみがある。それでも、本能がもっと、もっと味わいたいと舌を躍らせた。
「はは、すっげ。びちょびちょだな」
「ねえ、ねえぇ、やだあ、入っただけじゃやだあ、うごいて、うごいてぇ」
「うるせえな……待てねえのか」
 突き放す言葉は、限りなく優しい。ノインは前傾の姿勢のまま腰を引くと、子宮を目指して再び挿し込む。ごりごりと狭い膣を亀頭で抉りながら動かすと、小さく絶頂し続けているのか抜き差しするたびに水音が跳ねた。
「あっ、ああっ……そこ、っだめぇ……!」
 顔を押し付けて、舌を膣に潜らせる。しとどに溢れる愛液を飲み干しながら、聞こえるようにわざと下劣な音を立ててやる。もう、誰の音かも分からない。
「声、出せ。感じてんなら、ちゃんと聞かせろ」
 どちらともなく向けた言葉で赦しを得たように、声質の異なる嬌声が部屋中に響いてノインの鼓膜を犯す。
 褐色の女の中で肉が締まる。奥を擦るたび、快楽の波が突き上げてくる。
「っ、あ、あっあ、だめ、だめ、くる、ん、くるぅ、っあ゛あ!」
 終わりの兆候が見えて、ノインは褐色の肌に指を食い込ませると一際激しく腰を打ち付ける。ぱんぱんと肉が弾ける音の間を縫って、陰茎を飲み込んだ膣が搾り取るように収縮した。
「ぁ、ったし、も、やぁああ、あ゛、でちゃう、でちゃうぅ、ぃやあ!」
 舌で広げたそこから蜜が滴り落ちていくのを、口内で受け止める。それでも飲み込めない愛液が、口の周りをべちょべちょに汚していく。
「……楽しいな。おまえら、いい声出す」
ノインは笑って、もう一度強く花芯を吸った。ぱしゃ、と音が口の奥で弾けて、女の身体が跳ねる。受け止めきれなかった潮が、褐色の背の上に滴り落ちた。
 二人、押し付けるように腰を突き出したまま、全身を震わせて絶頂した。女の吐息と喘ぎが、天幕に揺れる。白い脚が震え、褐色の膣内が締まり、快楽の二重奏が、ノインの背中を火照らせた。
 二人が身体ごと跳ねて、声を重ねて果てた瞬間、ノインの中にも何かが静かに満たされた。
 今まで見た男のそれとは異なる、絶頂を迎える顔。あの男は、終わる時に祈っていた。
 けれど祈りには届かない、そんな感触が、喉奥に重く沈む。
 かくかくと腰を振る白い肌から顔を離すと、ぐっしょりと濡れた唇を手の甲で拭う。腰を引いてまだ硬い陰茎を抜くと、褐色の腰がずるりとベッドに沈んだ。
「ほら、お前の番だ。転がれ」
 痙攣するように揺れていた白い肌を優しく仰向けに転がすと、太腿を持ち上げる。真ん中で濡れそぼる淫部ははくはくと口を小さく開閉させていた。愛液に塗れた熱芯を、先ほどまで舌を這わせていたそこに突き入れる。
「奥まで……くる……っ、ん、あ、ああっ……!」
「き、っつ……さっきの締め付け、まだ残ってんな」
 舌で舐めたそこは、とろとろに濡れているのにノインを強く咥えて離さない。一突きする度に二つの果実がぶるんと揺れる。
「ぁ、……あ゛……っ」
 友の痴態を間近で見た亜麻色の髪から覗く瞳は、とろんと蕩けている。その視線に気付いたノインは軽く笑みを浮かべると片手で褐色の臀部を滑らせ、ひくひくと寂しそうに口を開けている膣の中に指を押し込んだ。
「ぃあ、ああ、だめぇ、やだあ、やだああ、もう、もうやだあ」
「やだじゃねえだろ。指離さねえくせによ」
 すぐに二本、三本と指を沈ませると、体内で振るように手首を動かす。ぐちゅぐちゅとはしたない音を立てたそこから、小さな水飛沫がシーツの波に吸い込まれていった。
「うっ、ん……すごい、すごい゛ぃ んん、んっ……あ゛っ、んっ……!」
「はぁあ、ああ、ん、ん、っんぅ、すご、ぃ、お、っき……ぃい」
 開け放たれた口から溢れる喘ぎが、それしか知らない無垢な祈りのようで。切なげに歪められる顔が、ほんの一瞬、アスレイドと重なってノインの喉奥が詰まる。
 ちがう、ちがうのに。
 けれど身体は、律動を止められなかった。
 太腿を強く握りしめる。抽挿のリズムが速まる。
「……っ、」
 強さの異なる、しかしノインの茎を扱く肉壁の感触に、いよいよ射精の予感が腰の辺りでうずまく。愛液で濡れた陰毛が毛と毛の間で透明な糸を張るのを眺めながら、ノインは動きを止めた。
「い、い…です、なか、に……」
 蕩けた女の声に、心臓が冷える。それには応えず、今度こそ両手で白い肌の腰を掴みもう一度腰を振る。
「ああ、っ、ん、んっ、ぁ、あっ、あ゛っ、すごい、くる、くるの、だめえっ──」
 逃さないようにぎゅっと中が締まりかけるその直前、ノインは腰を勢いよく引き抜く。白い肌が、若魚のように大きく小刻みに、跳ねた。
 それと同時に、抜け際の圧に引き金を引かれ、白濁が外に溢れた。女の下腹部と太腿に、精が飛び散っていく。ノインは息を詰めたまま肩を揺らし、その様子を見つめていた。
 女は絶頂の余韻の中、震える指で濡れた腹に触れながら、ぽつりと口を開く。
「……なんで……なか、出さなかったの……?」
 その言葉に、ノインの胸の奥がきしむ。喉が詰まり、心臓が重くなる。何かを言おうとして、口が動かない。
「……さあ。なんでだろな……」
 誰の祈りにも触れていない気がした、なんて言ったらこの二人は笑ってくれるだろうか。それ以上会話は続かず、三人の吐息が静かに沈んでいく中で、誰かがうっとりと、余韻を残しながら呟いた。
「でも、ありがとぅ……ほんとに、よかったあ……」
 …………
 ノインは、少しだけ――指先の、熱が冷めるのを感じた。放たれた五つの音は、限りなく遠い。

 体液に塗れた身体を湯で流してから、ノインは娼婦たちと別れた。未だ煌々と灯り煌く街を歩きながら思う。確かに、一夜の愛に身を焦がす人々の気持ちは理解できなくもない。
 初めて聞いた異性の、声も、味も、締め付けも、全部が、すごくて。気持ちよくて、こんなに柔らかくて、温かいものはないと思えた。中に在っていいと思える肯定の優しさは、確かにかけがえのないものだったけれど、それでも何かが足りない。
 足りなさが残ったままなのに、なぜか――怒りに似た何かが、身体の奥で燻っている。
 とっくに身体の熱は冷えたというのに、筋肉の、骨の、もっと奥に何かが残っている。そして、その得体の知れない感覚は、アスレイドがとった宿の部屋の扉を開けるまでに治まることはなかった。
 扉の先には、真っ暗の海をぼうと眺める金髪の男が椅子に腰かけていた。モノクルの鎖が、微かな金属音を立てながら揺れて振り向く。
「おかえり、楽しんだようだね」
 にこりと笑うその表情は、憎らしいほど見慣れたものだけど。それでも、まとっている空気はノインの知らないものだ。自分の知らない、誰かの空気がアスレイドの身体にまとわりついている。甘い香の名残のような気配。そこにいた誰かの、湿った気息のような。
 胸の奥がざらつくのは、気のせいだろうか。
「まあ、な」
 それ以上放つ言葉も見つからず、苔色のケープを下ろすと壁にかける。アスレイドの視線が一瞬、こちらを探るように揺れたけれど、見ないふりをした。アスレイドの顔が、あの夜よりも遠く見えた気がして。
 ひどく疲れている。それは射精に至ったからか、それとも別の理由か。とにかく早く横になって何も考えずにいたい。
 ノインは何も言わず、ベッドに沈んだ。壁側に身体を向けると、静かに瞳を閉じる。男がもう一つのベッドに潜った音が聞こえた。もしかしたら手を伸ばしてくれるかもしれない。そんな期待は、静かな吐息とともに窓の外に消えた。
 だけれど、どうでもよいことだった。どうでもよいはずだったのに、心臓の奥がまだ騒いでいる。
 同じ部屋に在りながら、互いに触れられないまま。
 夜の海が、窓の外でかすかに煌めいていた。

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