第三話
留守番を頼んだよ、と白い外套をまとって振り向いた笑顔は、あれほどの痴態をさらした者のものとはとても思えない。ノインはアスレイドの顔を真っすぐ見ることができず、袖の刺繍に視線を投げながらああと短く返した。木製の扉が閉まれば、この聖堂の中一人きり。灰色の静寂で取り残されれば、不在の主を否応なく思い起こされてしまう。皮膚の内側をうねる奔流は、快感を得たあさましさかそれとも申し訳なさか。どちらに傾くこともできず、ノインは祈る神のない部屋で大きく息を吐いた。
無意識に視界に入った教壇は、アスレイドの嬌態をはっきりと思い起こさせる。すらりとした四肢が、身体の奥深いところを暴かれて震わせる。そのさまは、ノインの昏い欲を、優しく、それでいて確実に満たした。顔の両側で震えていた筋肉のさざめきは、羞恥だけではない色に濡れていた。潤滑油を用いて暴いた最奥は、媚びるように差し込まれた指をくわえ込んで甘く締め付けた。足の付け根で頭を振った陰茎は、駄々っ子のそれのように涙を流し、ノインの顔貌を青臭い香で汚し、終わりを告げる声はこれ以上ないくらいに胸が締め付けられた。あれは、元から黒かったのか。それとも、俺が染めたのか。どちらにせよ、今では判断がつかない。確かなのは、ノインの下腹部を灼かせ、引きずり出された熱の感触は両手で数え切れないほど味わっているということだ。掌に残る感触さえ、忘れられなかった。心底、嫌だったのに。だからこそ、繰り返した。
頭で描いたアスレイドは、あの微笑みを浮かべながらノインの胸板で筋肉の線をなぞるように指を這わせる。くまなく肌の上を舐め上げ、満足したと思ったらノインの腰の上に自らまたがってみせる。もったいぶるように腰を擦り付けたあと、そして。
あの笑みは、何かを赦す者のもののように思えた。ノインにとって、それは救いではなく、恐怖に近かった。一人きりになって、やっと自由を得たはずなのに。自由の中には、あの夜の影しか潜んでいなかった。記憶の神の加護が強いこの地では、忘れたくても思い出してしまう。せめて北の地、秩序の神の許であれば、こんなことを考えなくても済んだだろうに。いやいやかぶりを振ると、まだ日も天頂に昇りきっていない真昼間から何を考えているのだと自らに喝を入れた。アスレイドは何時に帰ってくると言ったか。そもそも、どこへ向かったのかもノインは知らない。買い物であれば帯同しろと言うのだから、ノインには関係のない職務としての外出だろう。そうなると、いよいよお手上げになる。
「さて、どうするかな……」
とりあえず、聖堂からは立ち去ることにすると決めた。ノインは玄関へ向かう扉に手をかけ押し開けると、眩い陽光が身体を射した。眩しさに青い瞳を細めると、その明るさでこの教堂の異質さがより引き立つのが分かった。白い雲間に重みのある灰色に近寄る人はそう多くない。神の姿がないのなら尚更だ。地域によって足を運ぶ教堂が決まっているが、中枢に申請して越境する住民もいるだろう。
それでも、ノインはこの灰色がひどく好ましかった。アスレイドの高貴な家系という理由もあるだろうが、存在を許されているかのように佇む建物は、誰をも拒むことがない。初めて足を踏み入れた時こそとんでもないとこに来てしまったと頭を抱えたが、住めば都とは誰が言ったか。
柔らかな光に促されるように背伸びをすると、軒先の下で小さいながら鮮やかな色どりがあるのを捉えた。砕けた白石で土をぐるりと囲んだ小さなそこには、東の地で見かけたような花が慎ましく咲いていた。なるほどいつの間にか花壇が作られていたらしい。その色の懐かしさに誘われるように近付いたその時だった。
「あー! だめー!」
木々で休む鳥ならば驚いて飛び立つほどの大声。身を竦めながら後方へ首を捻ると、ノインの半分の背丈もない少女と、その後ろで少女の肩に手を乗せこちらを窺う少年の姿があった。どうやらこちらに対して並々ならぬ敵意を向けられていることが分かって、ノインは思わずたじろいだ。
「かだん、作ったの! こわしちゃだめー!」
少女が両の腰に手を当てながら精一杯威嚇するたびに、両側に結ったおさげ髪がゆらゆら揺れる。そして、なぜか後ろの少年が怒気に当てられたようにその背中に隠れていく。
「いや、壊すつもりは」
「せっかくお花さいたの! だからだめ!」
ノインの声にかぶせるように、少女が語気を荒げる。さてどうしたものか。このまま逃げることも叶わず、もう一度花の方へ視線をやると、記憶の神がどうやら味方についたらしい。
「……この花、もっと日当たりがいいとこの方がよく咲くんだよ」
思い出した。草原の地は、どこまでも続く緑色の大地で成り立っていた。高い建物や整備された道がほとんどない土地では、特別名を覚えることもない、何の珍しさもない花だった。中枢教区とでは土の種類も異なる可能性を考えると、植え付けの場所としてはいささか難があるように思う。
「……ほんと? あのね、毎日お水あげて、肥料もお母さんから分けてもらったのに、こんなに小さいの。本では、もっと大きなお花だったのに」
「それだよ。建物の傍だから、日当たりがあんまりよくねえんだ。そうなると、大きな花が咲かない」
「どうしたらいいの? せっかく咲いたのに、だめなの?」
今度はうって変わって、少女の大きな瞳がみるみる潤みだし、手は腰からスカートの裾近くに指をかけ耐えるように皺を作る、ノインは両手を左右に振って涙の決壊を防ぐことを試みた。
「泣くなって。まだだめだって決まったわけじゃねえよ。……ほら、手伝え」
腰を曲げて柵代わりにしていた石を一つ手に取ると、教堂の影ではなくより門に近い、日当たりのよいところへ丁寧に移動させる。少女と少年は、ノインのその行動に目を丸くした後、同じように小石を移動する。一通りの石を並べ変えたところで、ノインは腰に巻き付けたバンドからダガーを取り出し、石で囲んだ新しい土地に先端を軽く突き刺した。
「そんな深くなくてもいいんだ、ただ中枢の土は硬ぇから。きちんと柔らかくして根が張るようにしてやらねえと」
ノインの指先が硬い土を揉みほぐすたび、まるで誰かの髪を撫でているような感触がした。ずっと昔にも、こうして誰かを護ろうとしたような。そんな記憶がふと、土の香りとともに鼻腔をくすぐる。
ああ、いつだったか。誰かとこんな会話を交わしたか。隣で二人並んで、芽を出したばかりの若葉を愛でた記憶。あの時も、隣で名を呼びながら、ふわりと笑っていたか。
太陽の下、ノインを中心に三人でしゃがみこみ花壇の整地が終わると、指先を土で汚した少女は朗らかに笑った。
「ありがとう、おにいさん。これでお花、大きく咲くといいね!」
誰かに礼を言われたのはいつぶりかも思い出せなくて、おお、と素っ気ない返事しか返せない。少女と少年の二人は、顔を寄せ合って笑う。この二人は、どういう関係性なのだろう。幼馴染、なのだろうか。だとしたら、少しだけ胸の奥で思い出の針が刺さるのが分かる。
「私ね、ミーシャっていうの。こっちは、トッド。ねえ、トッド、ちゃんと挨拶しなきゃだめだよ!」
この快活な少女とは対照的に、トッドと呼ばれた少年は身を縮こませながら自らの名を明かした。きっとミーシャは、どこに行くにもトッドと一緒で、自己紹介をする時に毎回尻を叩くのだろう。そんな普段の様子が自然と想像できて、ノインは少しだけ穏やかな気持ちに包まれる。
「おにいさんは? お名前、なんていうの?」
下から見上げてくる瞳には、もはや好奇心の色しか見えなくて。ノインは自分の名前を久しぶりに舌に乗せた。記憶の神が、面白そうに身に絡んでくるのが分かる。
「じゃあ、ノノね! ありがとう、ノノ!」
それは、もう誰も呼ぶことのない、ノインを呼ぶ名だった。
胃の辺りが藻を吸ったように何かで覆われて、ノインは腰かけたベンチの端で一人必死に耐える。
もう呼ばれることもないと思っていた名の響きが、余計なものを連れてくる。笑いあった会話でのノノ、いたずらをしかけて怒って聞かせたノノ。親に叱られたと泣きながら吐き出したノノ。声の色さえ異なるけれど、どれもが心地よく、ノインはその声が好きだった。
神のいない場だというのに、天高いところからじっと見つめられているような気になる。その眼差しは、己が犯した罪を透かして、ノインという姿かたちを蒸発させようとする。ああ、なんでこんな、つらい。つらいのに、俺は生かされているのだ。もう二度と聞けないと思ってた名までもう一度震わせるなんて。
愛した記憶も、秩序を守ろうとした思いも、こうして縛られる記憶も、全部俺が決めた意思だというのに。今は、その決定が心を何度も串刺しにして身悶えることもできずに気がおかしくなりそうだった。
研ぎ澄まされた感覚は、外から聞こえた靴音を逃さなかった。
救いを求めるでもなく、温もりも運ばぬ足音が、灰色の静寂にじかに爪を立てる。それは確かに人の足音だったが、心のどこかが、人ではないと告げていた。それは、迷うことなく外の扉へ向かって来るとひたり、止まった。
扉が開かれる前にノインは首を扉へと捩ると、少し遅れてその姿が逆光に照らされる。フードを目元が隠れる程に深くかぶり、薄い緑色のコートは全身の輪郭を溶かすようにだぼついている。その姿かたちは、遠い日に聞かされた記憶から滲み出たかのように、現実感がなかった。
「ああ、君が、意思の子、か」
その声は、まるで言葉の一つ一つをなぞるような響きで鼓膜を震わせた。その語り口で、ノインは悟る。この男は、西から来た者、記憶に忠誠を捧げる者だ。
西の地、オルメスの民はその存在さえが寓話のようであった。かつて寝物語でささやかれた、記憶に仕える者達。深い霧に覆われた森の中、記憶の神が落としたエクルシエルという神の声を探し続けているのだという。記憶の民は、まだ見つかっていないその欠片を探し続けているのだ。
その語りが、今この聖堂の中に、肉を得て立っている。
「……今日はもう店じまいだ」
これ以上記憶に縛られたくなくて、ノインはぶっきらぼうに言い放つ。もう、今日という一日を終わりにしたい。
フードの隙間から伸びた前髪の奥が、深い藍色にきらめいた。
「……ノノ、か」
「!?」
空気が凍る。肋骨の裏側に、誰かが素手を差し入れてきたかのような。
ノインは反射的に立ち上がった。誰にも告げた記憶のない名前を、突然現れた男に暴かれて心臓が内側から叩き壊されるように鳴る。何だっていうんだ、なんでこんな、なぜ、この男は、記憶の最も柔らかい場所を知っているのだ。喉の奥で、声がちぎれる。
「なんで、その名前」
それは、もう誰の口からも零れることのないはずだった音の鳴り。忘れたはずの、忘れられない名。俺が、俺であった、古い名前。
「……エクルシエルの、光あらんことを」
ノインの悲鳴にも似た問いかけに応えることなく、フードの男は踵を返した。ぎぎ、と硬い音を立てながら扉が完全に閉められると再び一人にさせられて、ノインはますます気持ちの整理ができなくなる。名を呼ばれた鼓膜だけが、まだ震えている。
ミーシャの姿が、フードの男が。そして記憶に住むあの子が。どれも違う声色でノインの名を呼ぶ。耳を塞いでも、目を閉じても、声は止まらない。闇の中で反響する。心がどこにも逃げられない。名を与えられるたびに、俺は、俺じゃなくなっていくような気がする。
名を与えられるたびに、己の輪郭が滲む。名を呼ばれるたびに、俺が少しずつ、誰かに侵食されていく。
今、俺は。本当にノイン・ハトレアなのか。それとも。
残された静寂が、容赦なく記憶の深淵へと突き落そうと笑う。こんなにも一人でいるのが怖いだなんて。それでも今は、誰かに触れられるのがもっと怖い。
だから、アスレイドの気配が近付いてきた時、ノインは一瞬息を殺した。どうか、見つけないでくれるな。そんな、微かな祈りを抱いて。
「……ノイン君」
静けさに波紋が広がる。声が、亀裂をなぞった。
ノインは振り向かない、否。振り向けない。静かに脈打つ全身の血管が、見るなと悲痛に叫んでいる。
「……君も、か」
誰が言ったのかも曖昧なまま、その声だけが、足音の先に落ちた。その距離にさえ、もう耐えられそうにない。
「声が、聞こえた気がしてね」
その声は、いつもと変わらない、波打つこともないものだった。その穏やかな声を聴いた時、傷口を隠すように温かく包まれたというのに、ノインの細胞がさざめきだす。
「見ないでくれ」
それは、哀願というより呪いに近い響きを持っていた。
見られたくないのではない。見られることで、またひとつ自分が壊れてしまう気がしたのだ。積み上げてきた名前が、足元から崩れ去るような気がして。
「わかった。じゃあ、触れるだけに、しておくよ」
その問いには答えられない。それでも、アスレイドは返事ができないことの答えを知っている。後ろから両の肩にぐうと掌を押し付けられると、ベンチに腰を下ろせと無言で促してきた。とりあえずは宣託者、人を落ち着かせる術に長けているのだろう。だからきっと、自分も同じように赦しを乞い祈る者になるのだと思っていた。
「え、……っ」
宣託者。人の祈りを聞く者。それなのに、この指先は今、誰かの罪ではなく、俺の身体を撫でている。
祈りじゃない。これは赦しでも、優しさでもない。ただ、なぞっている。
壊すために。
アスレイドの指先が、ノインの首筋の筋肉をなぞるように下からつうと撫ぜ上げる。ぞわぞわとせり上がる鈍い快感が、混乱しきった感覚に差し込まれるような感覚。
少しの衣擦れの音がしたかと思うと、耳元に柔らかな感触が落とされる。湿った音を立てて離れたそれは、アスレイドの唇だと悟った時、ノインはようやく拒絶を試みた。
「やめ、ろ、」
感傷に浸る暇を与えない、乞うような愛撫に身体が勝手に熱を孕み始める。身をよじろうとしたところで、耳の端を甘く食まれてノインは大きく身を震わせた。
「ぁ……っ」
「君の声が、聞きたかった」
それでもノインが逃れようと腰を浮かせようとしたところで、肩の辺りで遊んでいた両の手がまるで祈るように、両の掌で太腿を押さえた。
その仕草に、どうしてこんなにも優しさの仮面を貼るのかと、心がかき乱される。ぬめりのある筋肉が形をなぞるように耳で遊ぶ。水を弾くような粘着質な音をわざと立てられて、内側からも外側からも逃げ場を塞がれた身体が、熱の行き先を求めている。
「んぅ、ふっ、ン」
「……随分、可愛らしい声も、出せるんだね」
その声は、こちらを攻め上げているというにひどく挑発的だった。荒く息を吐く中、アスレイドの掌が布越しに熱を帯びた中心へと添えられてももはや逃げる気にもならない。
その姿に満足したのか、アスレイドはコートから腕を抜くとノインのすぐ隣の背もたれにかけてみせる。そして自然に大きく膝を開いたノインの目前へと回ると、灰で汚れた聖堂の床に膝をつけた。
「っ……やめろ、やめ、……っあ」
閉じかけた瞳が、アスレイドの顔に現れたぬめる赤い色を認識した直後、黒いズボンの上から輪郭を記憶するようになぞられてもう一度身を震わせた。湿った感触が布越しにじんわりと広がり、内側からも外側からも濡れていく。
先端の括れの形さえもはっきりと分かるほどに膨張したそこを何度も舌の腹で象られるのがもどかしくて、ノインは長く重い息を何度も吐くことでやりすごそうとする。それでも、アスレイドの指先は器用にボタンをはずし、下着をずらした。ようやく窮屈な中から解放された熱芯は、ぐうと頭を天にもたげたのを見届けた翠色の瞳が、嬉しそうに揺らめいた。
「ふふ、すごいね。ノイン君の」
頬にかかる髪が微かに揺れる。その熱を称えるような声に、ノインは思わず歯を食いしばった。
「見るな……っ」
言った瞬間には、もう遅い。羞恥という感情が、火傷のように股間から全身へ走る。
アスレイドは、その言葉にも怯まない。むしろ、愛しい変化の瞬間を観察するように眼差しを落とした。
「僕が、見たいんだ。知っておきたいからね」
その囁きが、羞恥の輪郭を溶かし、代わりに名状しがたい熱を注ぎ込んでくる。気づけば、どこまでが自分なのか分からない。
アスレイドの指先が、張り詰めた陰茎の付け根から先端へと、陰毛をそっと分けながら包み込むように添えられる。その感触を覚えきる前にじゅる、と吸い付く音がして、そのまま彼の口内に吸い込まれていった。
「っ……ぅ、……あ……っ」
熱い。柔らかい。そして、深い。喉奥まで届くその温もりは、まるで赦しの形をした罰でもあった。
アスレイドの舌が、先端の裏をくすぐる。くちゅくちゅと幼げな音を立てながら、丁寧に、貪るように、咥え込んでいく。熱い口腔でやんわりと締め付けながら、舌先で小さな孔をほじられる。
「や、やめ……」
か細い声が喉の奥から洩れるも、アスレイドは瞳を細めながら根本までゆっくりと飲み込んだ。喉の奥で、くく、と何かが締まるような音がした。
人とは、こんなに熱いものなのか。目の前がちかちかと明滅する。頭の奥はもう何も考えられない。一番敏感な部分を優しく愛撫されて、まどろみの中で意識が薄くなっていく。
頬の内側に先端を擦り付けられると、弾力のある肉に先走りがしとどにあふれるのが分かる。根元に添えられた手は促すようにゆっくり上下されて、腰の奥からすべてを持っていかれそうだ。
「なんで……こんな……あんたが……」
こんな風に熱くなるなんて。思い出の影に囚われたままの自分が、こんな欲に突き動かされるなんて。
恥ずかしいのに、止まらない。苦しいのに、嬉しい。わからない。
堪らなくなって、ノインの十指がアスレイドの金色のうねりの底にある骨を掴んだ。だけれど、自分でいいように動かすことなんて到底できなくて、ただ的確に終わりを促す動きに任せるしかない。
「ふふ、ノインくんの……すごいね。熱くて、ずっと、濡れてる」
何が宣託者だ、神の使い手だ。これは、蛇だ。背徳を快楽で包んで堕とす者だ。そんな存在に、俺はもう、祈りたくなっている。それが何より恐ろしかった。
期待しているように瞳を細めると、アスレイドは喉の奥を開いて熱杭を招き入れる。ぴくぴくと震える筋肉が、大きく膨らんだ亀頭を締めあげた。
「っく、……出る、……っ!」
命が抜ける。叫ぶような声とともに、かくかくと震えていたノインの腰が強く突き出された。アスレイドの口内で脈打つ熱が弾ける。開かれた喉は、そのまま吐き出された精液を奥へと流していく。
彼はそれをすべて受け止め、少しだけ咽せたように眉を寄せたあと、こくん、と小さく喉を鳴らして飲み込んだ。
強いとろみのある熱が、内臓を伝ってアスレイドの中へと落ちていく。この熱が、いつか自分を壊してくれるかもしれないと、彼は少しだけ期待した。
「……これが、君のか。うん、苦いものだね」
静寂が戻った聖堂で、ノインの肩だけが、波のように上下していた。アスレイドは汚れた手指を湾曲した水道管から水を流して清めると、落ち着く暇も与えないようにやはり穏やかな色でもってはっきりとした声を聖堂に響かせた。
「ノイン君、ついてきてくれないか」
ノインが漸くズボンの前を正したところで、男が木製の教壇を両手で押しのける。いつも聴衆を前にするアスレイドの立ち位置には、灰で汚れた両開きの扉があった。アスレイドは腰を曲げて引手を引くと、地下へと続く階段が現れた。目を丸くするノインの反応を楽しんでいるように、白いコートを取ることなく、黒い葦は誘うようにこちらを振り向いたあと、靴音を立てて階段を下りていく。
慌てて後を追って足をつけた先は、廊下というには広すぎる。だが、広間ほど語りたがらない。人二人が通れる位の細長い壁が階段を基点にぐるりと取り囲みどこから空気が入っているのか分からない蝋燭が、静かに揺れている。本能的に進んだら、戻れないと脳の奥で警鐘が鳴っているけれど、前に進んだ男を見失いたくなかった。足音が一つ、石を打つたびに、蝋の匂いを吸った灰色の壁の香りがきつくなる。どくん、どくんと心臓の鼓動に反応して、何かの声が静かに響いてくる。その音鳴りは、かつて祈られた声が蘇るようで。いや、あれは声ではない。誰かの名が、未だ壁に残っていた。
「――ッ!」
壁をくり抜くように掘られた筒には、大量のジャムでも詰めるような大型の瓶がそれぞれ納められている。橙色がゆらり揺らいで照らしたその中身は、真っ黒な顔らしきものが消えては具現化するのを静かに繰り返している。その影の中には、目や鼻、口らしき窪みがその動きに合わせてぐにゃりと形を歪めていた。まるで、悲鳴を上げているかのように。まるで、何かを求めて取り返したいと泣いていた。
「な、なんだよ、これッ」
ノインは、アスレイドのことを宣託者としての枠にあてはまらない、少しばかり変人だと思っていた。たとえ異端でも、衣食住を与えてくれる以上は、悪い人間ではないだろうと信じ込もうとした。しかし今、ノインの常識を一気に踏み抜いていく。否、最初から踏み抜かれていたのだ。
瓶の中に詰められた頭が、それぞれの拍動で悲鳴を上げる。声にならない叫びは、ノインの感情を確実に壊しにかかっていた。心臓はいよいよ張り裂けそうに鳴り、脂汗が止まらない
「……君には、見せてもいいと思ったんだ」
回廊の奥の方で、アスレイドはどんな顔をしていたのだろう。この空間の中でも、あの柔らかな声の主を、ノインは見つめることができなかった。