外伝2 赤に溶ける
窓から差し込む朝日に眩しさを感じて、ゆるくシーツの海で身じろぐ。白雪の季が近付いてきたのか、この頃の朝夕の冷え込みが肌を刺すものになってきた。それでも、隣で眠る男の体温を分け合うことでやり過ごしてきたけれど。
「……ん、のいん、くん……」
乱れて皺のよった敷布の上、アスレイドの腕は妨げられることなく泳ぐ。ゆっくりと瞼を開けると、そこには見慣れた黒と白の混じった髪はどこにもなかった。
明日は宣託を行わない日だからと、夜の深い時間まで繋がって。二人、静かに消える松明のように共に寝入ったというのに。
休息日でない日は、大抵アスレイドの方が先に目覚める。それは職務の準備があるためだが、ノインと一緒の部屋で一日を終えるようになってからは、隣で規則正しく胸を上下させる彼の姿を眺めるのが密かな楽しみになっていた。ノインが起きてくるのは、自分が既に神父服をきっちりと着た後。食卓がある部屋に入ってくる彼の顔は、普段のどこか不愛想な表情よりうんと幼く見えて、庇護欲のような感情が沸くのだ。
そのささやかな興が削がれた気がして、アスレイドはゆっくりと身体を起こす。肩に掛けられていた掛け布が、一糸まとわぬ肌の上を滑った。しんと静まった二人の部屋で、アスレイドはただ一人だった。
「……珍しいこともあるものだ」
とりあえず何か身に付けないと。冷たい空気に少しだけ身を震わせるとベッドから足を下ろした。
室内用にしていた、少しよれたシャツを羽織ってズボンを履き、音のない廊下を歩く。まだ完全に目覚めてはいない頭でも、近くにノインの気配がないことは分かる。二人分の席が置かれた部屋の扉を開くと、温かい空気が隙間から流れてきた。朝餉を用意した痕跡があるのだろう、竈の上には白く湯気を立たせたスープの入った鍋が置かれていた。煮込まれた野菜と肉の香りに混じって香辛料の少しざらついた香りが、食欲をそそる。
しかしそれを準備しただろう人の影はどこにもない。そこまで遅く起きたつもりはないのだけれど、いつもならアスレイドが担っている準備が先にされていたことに我ながら少し呆れる。ノインと二人で過ごすようになってから、夜に光を求めてはるばる南まで出向かなくなったこの身は、毎日のようにこの世界に在ることを証明されている。それが苛烈であれば苛烈であるほど、アスレイドは自分自身の輪郭をしっかりと認識できる気がしてノインを求めてしまう。年齢の差もあるのだろうか、ノインの若々しい動きに蹂躙されるがままで抱き潰されることもしばしばではあるがそれでも昼の顔は崩さずに努めていたというのに。
鍋に入ったままの杓子を軽く持ち上げると、一層香りが昇る。少し前まで、彼はこうして鍋の前に立ち、彼自慢の調合で香辛料を振っていたのだろう。その影の名残を辿りたくて、アスレイドは小さく鼻を鳴らした。
しかしどこへ行ってしまったというのだろう。こうして残影を残していかれると、心の隙間に風が吹くようだ。スープがはねないようにゆっくりと腕を下ろすと、聖堂へと続く扉を押し開ける。
朝の光が差す灰色の空間には、鳥の囀りが微かに響いている。それでもがらんとした、誰も居ない空間を翠色の瞳がゆっくりと見渡した。整列された木のベンチ、年季の入った、所々黒ずんだ教壇。小物の入った棚。何一つ変わったことがない、彼だけがいない。
その時、鼓膜を叩いたのは外から聞こえてきた声だった。よく知っている男の声と、誰かのもの。アスレイドは静かに庭が見える窓辺へと近付いた。
ガラスの向こうには、こちらに背を向けているノインの姿があった。それを取り巻いていたのは近所の子どもたちで、ノインの細い腕を何本もの小さな手で引っ張ってはどこかへ誘おうとしていた。それを見守るように、箒を振っているのは熱心に教堂に通う見知った信徒たちだ。大人たちは、ノインが困っているのを微笑ましそうに眺めながらバスケットに枯葉を集めたり、白雪の季を前に実る果実を収穫籠に収めていた。
ノインが中枢に来てどのくらい経っただろうか。今では、灰色の教堂の住人としてすっかり馴染んだようにも思う。彼は、外見こそ獲物を狙う獣のような鋭さがあるが、その芯は実に温かい心を持っているように思う。とりわけ高齢者や子どもによく懐かれている様子をよく見かけるが、大抵ノインも困ったような顔をしながらもけして邪険にはしない。そういった誠実さがにじみ出ているからこそ、この教堂に訪れる民衆にも受け入れられたのだと思う。
庭にいる彼はこちらに気付いていないのだろうが、時折笑顔が浮かんでいた。彼が自分の足で、この世界に在っている。その姿に、アスレイドは瞳を細める。それは、ノインが一人の存在として世界に受け入れられていく過程を見つめられる感慨深さとともに、胸の奥でちりと小さく疼く感覚からだった。ノイン・ハトレアという男がいかに在る価値があって、世界から零されることがないことをいち早く知ったのは、自分だった。そしてそれを、多くの人が同じように思ってほしいと願ったのは嘘偽りではない。それでも、彼が世界に歩みを進めるたびに微かな陰りを感じてしまうのだ。
胸の奥で、音もなく何かがきしむ。
――その笑顔を、僕だけに向けてほしいと思うのは。
――僕が君に壊されたいと願ったあの日と、何が違うのだろう。
指先が窓枠を強く掴む。柔らかさと苦さが同じ温度で押し寄せ、瞳の奥を灼かす。
そんな折、視線の端に新たな影が差し込んだ。子どもたちが駆け去った後、入れ替わるようにノインの隣に立ったのはひとりの女性だった。
淡い色の髪を布でまとめ、年はノインよりいくぶん上だろうか。可憐な笑みを浮かべ、彼に言葉をかける。
ノインは片手を上げ、短く答えながら、ふっと柔らかく微笑んだ。
その笑みを見た瞬間、アスレイドの胸に昏い感情が確かに芽を吹いた。翠色の奥が、その瞬間を焼き付けてちりちりと焦げる。
あの笑顔は、僕が見たことがあったものだろうか。考えれば考えるほど、胸の辺りが痛む。ああ、これは嫉妬か。自分は、彼が向ける顔さえも欲しがっているというのか。なんて、感覚なのだろう。
神性を塗りたくられていた頃にはおおよそ得られなかったものだ。自分は誰の者でもなかったし、誰かを求めることもなかったというのに。人として降ろされた今、この胸のざわめきさえ、人の証のひとつなのだろう。苦しくて、みっともなくて、けれど確かに温かい。
あの頃の僕には、こんな痛みは訪れなかった。祈られるばかりで、祈ることもなく、欲することもなかった。
だから、こんなふうに誰かを欲しがる自分に出会うのは、今が初めてなのだ。笑顔を独占したいと願うのも、君に壊されたいと乞うのも、結局は同じことかもしれない。
どちらも僕を人間に引きずり下ろす祈りのかたち。その甘さにすがりつくほど、苦さが胸をえぐる。
だからこそ、彼が向ける笑顔の先へと嫉妬する。その祈りは、自分に向けられていたものであったはずだと。その笑顔は世界へ向いている。けれど、その一部であることにすら嫉妬してしまう。
ノインがこちらを振り向く気配を察して、アスレイドは窓辺から身を引いた。胸の中に燻る昏い感情を抱えたまま、彼の作った料理が恋しくなって逃げるように教堂の奥へと踵を返す。鍋の香辛料の匂いが胸を締めつける。恋しさも、嫉妬も、同じ苦味の中に溶けていた。
アスレイドが心に湧いた、淡い感情を自覚してから数日。
沈みかけた夕日が、教堂の壁に朱を差し込んでいる。白雪の季に入る前の陽は、日に日にその赤みを増していくように思える。赤と橙が混じった、とろりと溶けるような落日が灰色を塗りつぶすように色を付けていた。
あの朝と同じように、アスレイドは一人窓辺に立ち庭先をじっと見ていた。馴染んだモノクルは、二人の部屋に置いたまま。
そこには、やはりあの時と同じように老若男女に囲まれるノインの姿があった。小さな手が彼の腕や腰に絡みつき、夕餉の前に遊び足りないとせがむ声が響く。その様子を微笑ましげに見つめる大人の目。
困ったように肩を竦めながらも、ノインはいつもの不機嫌そうな顔を少し緩め、片手で子どもの頭を撫でてやる。そしてその傍らには、いつか彼が微笑みを向けた彼女の姿があった。
誰もが、ノインを囲んで笑顔を分け与えあっているように見える。彼が、この世界で受け入れられ、彼は世界に何かを返していく。その循環に入れない。入ったとしても、巡る一つの因子でしかない自分の存在がどこか浮ついているように思えてしまう。
視線を逸らすことはできなかった。
あの笑顔も、声も、自分が最初に見出したはずのもの。それを世界に与えていく姿に、喜びと同じだけの苦さが混じっていく。
アスレイドは窓辺から離れ、夕陽の差す聖堂の奥へと歩を進めた。赤い光の中で長く伸びた影が床に並ぶ。教壇の前で歩みを止めたのは、あれだけ賑やかだった外の声が止み、扉の外からノインの足音が近づくのを耳にしたからだった。
「あんた、いたのか」
長閑な声とともに、教堂の扉を開けたノインの姿が現れる。なぜか、ひどく久しぶりにその姿を見た気がする。あれだけ毎夜、交わっているというのに。あの時だけは、彼の青い瞳は自分だけに向けられているというのに。
アスレイドはあたかも今この場に来たかのような素振りで、ノインが近寄ってくるのを静かに待つ。
「夜が、長くなってきたからね。少しでも昼の陽を見ようと思って」
「庭に来りゃあよかったのに。今日もガキどもの相手させられてたまんねえよ」
そうぶっきらぼうに放つ言葉も本心ではないことを知っている。苔色のケープを揺らしながら近づいてくる影を待ち受けるのではなく、教壇の後ろへとアスレイドは足を引いた。腰に、古い木の枠の感触が沈む。
「その前に、君が戻ってきたから。またの機会にするよ」
疑いなく近寄ってくるノインを瞳を細めながら待つ。靴が床を弾く音が建物の中で響いて、止まった。赤い光に染まる聖堂の中、二人の影が床に長く重なる。
ノインは、微かに眉を寄せた。
「なんだよ、そんなとこに突っ立って」
「……君は、みんなに笑顔を見せるんだね」
喉を吐いた言葉は、自分でも驚くほど低い。上手く、笑えているだろうか。
「は? なんだよ急に」
素っ気なく返しながらも、ノインの歩みは止まらない。白と黒の髪が揺れて、青い瞳が、間近に迫る。
爪先で触れる距離まで対峙すると、アスレイドの視線がふと下がる。苔色のケープから見える両腕。腕の片方には、白い布は見当たらない。赤い陽に照らされた黒い裾の影が、手を誘うように揺れた。
この衣の中の厚みを、たくましさを、しなやかさを味わえるのは、僕だけでいい。
この場所でだけは。光に溶けるその姿を、僕のものに。
アスレイドは笑みを湛えたまま、指先を布へと滑り込ませ、ノインの衣の裾を静かに掴んだ。
「ちょ、なっ」
ひやりとした指先に触れられて、ノインの声が上ずった。もう一歩足を踏み込みながら胸の筋をなぞると、男の背筋がぴくりと跳ねたのが分かる。アスレイドの顎先で、黒と白の髪が小さく揺れた。
「嫉妬は、祈りの延長にあるものだった」
「ぁ、なに……っ」
「いや、少し違うな。嫉妬は、そう、祈りそのものだ。同じところから生まれている」
親指が、ノインの胸の飾りをやんわりと押し潰す。小さな頂が指の腹を押し返したのは寒さからから、それとも。
もう片方の腕で、ノインの腰を優しく引き寄せる。そして、いつもしがみついている男の体躯に沿って、掌を背中から腰へと滑らせていく。
「……思ったよりも、苦い感覚だね」
耳元で囁いて、柔らかな耳朶を唇の端で食んだ。ノインの腰が、わずかに後方に引く。
「やめ、ここじゃ」
「僕は、どこでもいい」
有無を言わせない返事をしながら、もう一押し。彼の熱を奪おうとしたところで庭から聖堂の扉を開ける気配を背中に感じた。
扉が開くより先に、アスレイドは素早く腰を下ろすと教壇の隙間へと身を隠す。外からの来訪者には、教壇の前に立つノインの姿しか見えないだろう。
「あの……ハトレアさん」
鈴が鳴るような声は、若い女性のものだ。木の台の向こうから、こちらに足音が近づいてくるのが分かる。
「ああ、あんたか。どうした」
それに答えるノインの声色が憎らしい。僕の知らないところで、君はこんな声を返すのか。
見上げてみても天板に阻まれてどのような表情をしているか分からないけれど、きっと、彼のことだから。鋭い瞳を少しだけ和らげながら見つめているのだろう。
そう思うと、途端胸の奥が熱くなる。
ならば、僕だけに見せる姿を奪わなければ。
あの笑顔は世界のものになりつつある――今、せめて今だけは僕のものにしなくては。
少しずつ近くなる足音を聞きながら、アスレイドはノインのズボンの前を拡げて、まだ柔らかい彼自身を取り出す。
「――ッ!」
二人の声に割り込むように、アスレイドは口を大きく開けて、まだ元気のない彼を咥え込んだ。
びくり、と男の身体が跳ねる。止めさせるように頭を掌で押し下げられたけれど、反抗するようにきゅうと唇を締めた。
まるで、自分だけの祈りの形を表すかのように。
「ごめんなさい、先ほどに伝えればよかったのだけれど。果物を、持ってくるって話で」
「あ、ああ……別に、構わねえ。楽しみにしてる」
声が震えそうになるのを、喉の奥で無理やり押し殺す。アスレイドは何を考えているというのか。ノインは平静を装いながらも、下腹部から込み上げる快感に足を踏ん張って耐える。まだ雁首も膨れていない平常のそれは、彼の口に易々と飲み込まれ温かい口の中、ぬめる舌で弄ばれている。
それでも一気に集まった熱が、むくむくと芯を持って膨張していく。ぐぐ、と擡げた切っ先がアスレイドの喉を突く前にずるりと唇から離れていく。その感覚が少しだけ寂しくて、無意識に身じろいでしまう。
「……どうしたの? 具合でも、悪いの?」
彼女の声が遠くから聞こえる。きっと、聖堂の真ん中でこちらに近付く口実を探している。そして、ノインの青い瞳を見つめる機会を狙っている。
ちりちりと疼く胸の痛みを覚えながら、アスレイドの舌が大きく膨らんだ先端の傘をたっぷりの唾液を絡めながら撫でつけた。
「あっ、いや……なんでもねえ。気にすんな。もう遅い、暗くなる前に帰んな」
頭上から降るノインの声に、思わず笑いそうになる。元から言葉遣いが悪い彼だが、誠意を見せかけた本心だろう。そう、君は今。僕の口で昂らせられている。本当はいつものように、喉深く差し込んで、息もできないくらいに咥えさせたいのが分かる。喉の奥へ体液を注ぎ込みたいと腰を振りたいのを我慢しているのも分かる。だって、君は。僕の祈りだから。
女性は短く返事をすると、じゃあ、またなんて甘たるい声で喉を震わせていた。名残惜しそうに、ここに入ってきた時よりも遅い足取りで出口へ向かい、引き留めるのを待っているかのような緩い動作で扉を開く。蝶番がきしむ音さえ長く感じられて、ゆっくりと扉が閉じられた。
「ぁあ、う……っ」
ノインの両手がアスレイドの頭を鷲掴むと、腰を後ろに引いた。ずるると抜き出た陰茎は、彼の唾液でてらてらと光っている。
口許を濡らしながら、翠色の瞳がにいっと歪んだ。
「何考えてやがる……色狂いかよ」
「ふふ、そうかもしれないね。君の祈りが僕に向けられるのなら、狂って壊れるのも悪くない」
そう。アスレイドを見下ろすノインの瞳の奥にも昏い感情が渦巻いているのが透けてみえる。ノインの胸板が、呼吸に合わせて大きく揺れていた。
「ほんと、仕方ねえやつだな……壊す気なんざ、ねえのに」
「知っているよ。君が、どちらを選んだとしても、ここに在るからね」
「……っ」
「でも、君が誰かに笑顔を向けるなら、その分だけ僕のものにする。君の祈りがどのような形であっても、……僕のものだから」
見せつけるように、アスレイドは口を大きく開けて舌を伸ばして見せる。翠色の瞳が、真っすぐにノインを射抜いた。
「……どうする? このまま口で続けるかい?」
かあ、とノインの身体が一気に熱を上げた。
「……調子に乗んな」
低く吐き捨てると、ノインの手が彼の頭を押し下げるのではなく、逆に乱暴に掴んで引き上げる。鼻先で混じった二つの瞳の奥には、それぞれ異なる昏い欲が渦巻いて、互いを縛り付けようとしていた。
そのまま二人もつれるように床に倒れ込む。硬い床に身体を打ち付けても、それ以上に体内を巡る熱の方がよほど痛い。ノインは中途半端に下げられていた己のズボンを靴先で押し下げるのと同時に、その上にまたがったアスレイドも性急な手つきでベルトのバックルを外す。すでに緩く芯を持ち始めていた楔が、一層暗みを増した赤光の中でも色濃く主張していた。
「口じゃたりねえだろあんた。奥で黙らせてやる」
唾液の乾いていない陰茎を、アスレイドの双丘の谷間に擦り付ける。先端から漏れ出る先走りも相まって、日々暴いている奥の窄まりは既に丹念な準備をせずとも太い茎を飲み込んでしまえるくらいになっていた。まるで、ノイン専用の鞘のように。
長い金糸が腹の上で揺れる。一本一本の髪が光を帯びて赤く染まる様は、この上なく淫靡だった。
「なら、祈りを壊して」
青と翠の瞳が燃えた。唇を湿らせたアスレイドの口角がくうと上がったのを合図に、ノインの切っ先がアスレイドの奥へとあてがわれ、そのままゆっくりと腰が沈んでいく。金の髪が汗で頬に張り付き、潤んだ瞳が真下を見つめていた。
「ぁ゛……っ、ぁあ……っ!」
声が漏れる。背を反らすと、夕陽に染まった聖堂の中、長い影が絡み合って揺れた。
体を割った熱芯を基点にして、快感が末端まで走っていく。熱が奥へ沈み込み、ノインの喉が低く鳴る。
「……っ、あっちぃ……持ってかれそ……」
感じ入った声に、アスレイドは生理的な涙を湛えた瞳を細めて見せる。
最初は浅く、慎重に。けれど次第にゆっくりと腰を回す。奥を擦り上げ、角度を変えながら何度も沈み込む。亀頭が中のしこりを掠めるたびに、ノインの胸に添えられた指が深く曲げられて爪が立つ。
「ん゛……っ、ぁ……っ、ノイン君……っ、奥で擦れて……っ、だめ、声が……っ」
「はは、あんた、ほんと……自分で腰振ってんだ、ぅ、もっと、聞かせろよ」
腰を落とすときは、根元まで飲み込み、奥を擦り潰すように沈み込む。持ち上げるときは、じわじわと浅く引き抜き、擦れる感覚を逃さずに拾い上げる。腰を小さく回しながら、奥を自分から押し開いて形を確かめるような動きだった。
「っ――、あぁ、いいっ……僕、君を欲しがって……君を感じてるって……見てほしい……っ!」
二人きりの聖堂で、体液が混じる音と嬌声が響く。はらはらと落ちてくる長い金髪の隙間から、アスレイドの陰茎が揺れているのが見えた。硬度を保ったまま張り詰めた先端からしとどに涙を流しては、ノインの腹を濡らしていく。
アスレイドが上半身を少し後ろに倒して床に手をつくと、膝を大きく左右に割って結合部を見せつけるように上下に腰を揺らす。
「ん゛っ、ぁっ奥が、ぁ、っ君の形に、あ、あっ、広がって……っ、擦れる、たびにっ、……もっと、……っ!」
再び深く腰を落とし、奥をぎゅうと締め上げながら、泣き笑いの顔で必死に必死に奥を求め続ける。アスレイドがけなげに自らを壊す様子を、ノインはずっと見上げていた。その胸が荒く上下するたび、奥の締めつけが強まる。
「あっ、あっ、ぃ゛っあ……っ、ノイン、くんっ、は、ぁ゛僕、君が、あぁ、欲しくて、こんなにっ……」
涙で濡れた瞳が潤み、額から汗が伝いながら、必死に自らを揺らし続けていた。
その姿に、ノインは堪えきれず喉を震わせる。
「……もう我慢できねえ」
次の瞬間、ノインの両手がアスレイドの太腿を持ち上げるように掴むと下から大きく突き上げた。
「ん゛ああああ゛っ……っ!」
アスレイドの声が壊れ、全身が大きく反り返り感極まった身体が固まる。そのまま何度も何度も突き上げると、開きっぱなしの口の端から飲み込めなかった唾液が顎先を濡らしていった。
「煽っといて止められると思うなよ。……全部受け止めろ」
「ぁああ……っ、だめ……っ、でも……っ、嬉しい……っ! 奥……擦れて……っ、ノイン君で……いっぱいで……っ!」
アスレイドは首を振り、ノインの腕に爪を立てた。下からの衝撃に慣れた頃、アスレイドもまた調子を合わせるように腰を振り始める。突き上げの衝撃と、自らの腰の動きがぶつかり合い、奥はぐちゃぐちゃにかき乱される。そのたび、崩れた声が零れ続けた。
「だめ……っ、もう……僕、壊れる……っ!」
「あんたは俺に壊されるためにあんだろ。……もっと奥で締めろ」
ノインが低く甘く囁いた声に従うように、アスレイドは奥をぎゅうと締め付ける。腹の上で淫らに踊る男は、とても美しいと思った。
「ノイン君……っ、ノイン君のが……あ゛……っ、ああ……っ、ノイン君のにして……ぇ……っ!」
腰を激しく打ちつけられ、奥の感覚は完全にノインだけのものに塗り潰されていく。何かが自分の中で音も立てずに壊れていく。砕けた欠片が剥がれていくたびに、掠れた声が喉を鳴らす。ああ、なんて。多幸感で満ちた感情が、中を抉られる苦しさや快感以上に瞳を濡らしていくのがわかる。
「ああ、俺のだ。他の誰のでもねえ。俺だけが見てりゃいい……誰にも見せんなよ、そんな顔」
確かに壊されなくても、壊さずとも在れた。赦された。それでも、失くしたわけじゃない。無くなったわけじゃない。それさえも、自分自身が抱える在り方の一つであることに変わりがない。独占も破壊も、腰に沈むたび同じ祈りへと変わる。その輪郭を、何度もなぞっていたい。
それができるのは、目前の相手しかないのだから。
だからもう、影を思い出すことはなかった。胸に残るのは、祈りに似た感覚だけ。
「ああああぁぁっ……っ!」
アスレイドの身体が大きく仰け反る。全身を駆け抜けた痙攣とともに、白が弧を描いて散った。熱を帯びた滴がノインの腹を滑り落ち、臍にたどり着いては静かに溜まっていく。
ノインは腰を掴んだまま、動きを止めると荒く笑った。
「はは。……奥までぎゅうぎゅうに締めて……すげえな」
肩を震わせていたアスレイドは、絶頂の余韻に震えながらも、自ら腰をわずかに揺らした。みちみちに詰まった肉を剥がされる甘い感覚に、ノインの喉ぼとけがひくりと震える。
「……ん゛……っ……だめ……でも……まだ……っ、欲しい……っ」
汗に濡れた髪を振り乱し、涙で潤んだ翠色の瞳でノインを見下ろす。汗で頬に金糸を張り付けながら、錆び付いた人形のようにゆっくりと身体を前に起こし、ノインの胸に両手をついた。
「……僕……まだ動きたい……。君を……僕の中で……もっと感じたい……っ」
ノインの喉が低く鳴る。
誰にも見せられない姿を、ただノインにだけ見せている。その事実が、肉体だけでなく心を犯しにかかっているようだった。
「……ほんと、どこまでほしがりなんだよ。まだ足んねえのか」
「……っ……君だけに……見せたい……、っ僕が……壊れていく姿……全部……」
そう言いながら、震える腰をまたねちっこく回す。果てたばかりの奥は敏感すぎて、擦れるたびに声が崩れ、涙が新たに溢れる。
「ん゛ああ…ぁ…っ、やっ……あっ、でも、ぅ、……気持ちいい……っ! 君が……僕を見てるから……っ!」
ノインは荒く笑い、腰を打ち上げてその動きにぶつける。
「俺が、見てる。壊れるまでやれ。俺も止まらねえ」
絶頂の余韻の中でなお腰を振り続けるアスレイドを、ノインは下から突き上げ、快楽の渦へさらに叩き込んでいく。
奥で締められて、身体ごと吸われるように絡みつかれる。まるで、どこにも行かせないかのように。
は、やべぇな。普通に気持ちいい。けど、それ以上に。
なんとなく、分かった気がする。
アスレイド、あんた、嫉妬してんだろ。
俺が他のやつに惹かれてるように見えるのが、嫌なんだろ。
その事実に気づいたとき、俺は笑うしかなかった。
昼は誰にでも愛想振りまいてるあんたが、こうして俺だけを欲しがる。
嫉妬してることを言葉にしないあんたを、ますます壊したくなる。
金色の髪を狂ったように乱れさせ薄く笑みを象って踊るこの男が、俺の前でしか見せないあられもない姿。その事実が胸を熱くする。
瞳を滲ませながら、何度も名を呼び貪欲に求めるこの男は。自分の腰でしか人でいられないと甘く叫んでいる。それしか知らないように、俺の名前を呼んで求めてくる。それが。
それが一番、気持ちいい。
泣き声も、笑顔も、嫉妬も、全部俺のもんなんだろ。
だから、俺の祈りも。全部あんたにやるよ。
アスレイドはただノインの名を呼び続け、壊されるたびに快楽に縋りついている。その熱が欲しくて堪らなくて、ノインは胸についていた男の腕を掴み引き寄せると、快感に塗れた声で耳に囁いた。
「……あんた、今、よっぽど人らしいよ」
穿つ熱に浮かされながら、ノインの声が脳に染みわたる。そうか、これが人だったか。すっかり、忘れていたような感覚を思い出させられた喜びで、最早嬌声しか零せなくなった唇が笑んだ。
嫉妬も独占も、この笑みも。すべて祈りの延長だった。
沈みかけた夕陽の赤が、二人の影をひとつに溶かす。やがて光は消え、重なった影だけが、輪郭を混ぜて残っていた。